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おんなごころのつよければ

女心の強ければ

豊島 与志雄

「女性改造」1950(昭和25)年8月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 47,011 字 · 94 页

青空文庫

裏山の頂からは富士山がよく見えたが、それももう彼には面白くなかった。

「こんど、天城山に登ってみましょうか。」

それも気まぐれらしいが、天城山なら彼も気が惹かれた。

「行ってもいいですね。」

もう話を元に戻すすべはなさそうだった。

彼は残りの酒を飲み、本館へ湯にはいりに出かけた。

彼女の言ったことすべてが、本当のようでもあり、嘘のようでもあった。何の手掛りもなく、掴みどころがなかった。

霧のはれるまで……彼はそれを思い出して、口の中で呟いた。

霧はじっさいはれかかっていた。ぼーっと日の光りがさしていた。

長谷川はもうなんにも考えないことにきめ、無心の気持ちを求めて、ぶらぶら歩いた。松月館にいっても、むっつりと黙りこみ、そして長々と湯に浸った。帰りは田舎道を遠廻りして、農家の鶏小屋などを覗いて廻った。

そして事もなく日が暮れ、早めに戸締りをしてしまった千代乃と、またちょっと酒を飲んだ。御飯は食べる気になれなかった。

天城登山のことなどを、何気なく話しあった。

「天城山の渓流には、沢蟹がいますか。」

「いますでしょう。」

「この辺には、ちっともいませんね。」

本館からの帰りに、長谷川は沢蟹を探したが、一匹も見つからなかったのである。