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つまにしつれんしたおとこ

妻に失恋した男

江戸川 乱歩

「産業経済新聞」1957(昭和32)年10月6日、13日、20日、27日、11月3日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,695 字 · 12 页

青空文庫

ある晩、南田収一は自分の書斎のドアに中からカギをかけて、小型のピストルで自殺してしまいました。わたしはその知らせをうけて、すぐに同僚といっしょに、S町の南田家へかけつけました。

そのときはまだ、自分の妻に失恋して自殺したなんて少しも知らないので、自殺の動機をさぐり出すのに、たいへん骨がおれました。

南田の父親は戦後のドサクサまぎれに財産を作った男で、南田収一はその財産を利殖して暮らしていればよいのでした。父母は死んでしまい、兄弟もなく、うるさい親戚もないという羨ましい身の上でした。つき合いも広くはなく、夫婦で旅行をしたり、いっしょに映画や芝居を見るぐらいが楽しみで、近所では実に仲のよい仕合わせな夫婦だと思いこんでいました。

変事の知らせがあったのは夜の九時半でしたが、かけつけて奥さんのみや子さんに聞いてみると、そのとき、女中は母親が病気で午後から千住の自宅へ出かけてまだ帰らず、主人は虫歯が痛むといって、琴浦という近所の歯科医へ行って、帰ったかとおもうと、そのまま洋室の書斎へとじこもってしまって、なにか考えごとにふけっている。奥さんは手持ぶさたに、茶の間で編みものをしていたというのです。