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つまのこと
妻のこと
江戸川 乱歩
「わが夢と真実」東京創元社、1957(昭和32)年8月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,803 字 · 8 页
そのさなかに、鳥羽造船所の旧友から手紙が来た。村山隆子が病気をして死にかけているというのである。狭い村のことだから、私としきりに文通していたことは、村中に知れわたっていた。隆子は私のラブレターによって、結婚におちつくものと信じていた。その相手の私が夜逃げをして、音信をたってしまったのだから、彼女にしては村に顔むけができない。つい気病みが昂じて入院まですることになったのである。
むろん私は隆子から逃げたのでなく、借金から逃げたのだし、その借金のために音信もたったのだが、ラブレターが気まぐれであったことは、常識上は弁解の余地がない。たとえ手さえ握ったことのない仲であっても、ラブレターはしばしば書いているのだから、無責任にはちがいない。
その隆子が瀕死の病気ときいて、私は独身主義をなげうつ決心をした。そして、求婚の手紙を出した。独身主義者がラブレターを書いてはいけないということもないと思うが、常識としては、やはりいけなかったのである。私の独身主義は結局そのころのデカダン思想から来たものだが、中学時代の先生が(この人は多分恐妻家だったのだろう)何かの講義の中で「男子なすあらんとするものは、妻などめとらず、生涯その仕事を妻とすべきである」