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おばすて
姨捨
堀 辰雄
「文藝春秋」1940(昭和15)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,351 字 · 20 页
そんな夢の事があってから、猫はもう北面へも出されずに、今までよりか一層姉妹に大事にかしずかれていた。一人ぎりでいるときなど、よく少女はその猫を撫でながら、「おまえは大納言様のお姫君ですのね。そのうちお父う様からでも大納言様にお知らせ申すようにいたしましょうね」と云いかけたりした。すると猫も、気のせいか、それを聞き分けでもするかのように、長泣きなどしながら、いつまでも少女の顔を見かえしていた。
夜なかに急に火事が起って、その三条の屋形が跡かたもなく焼けてしまったのは、その春の末の事だった。その火事と共に、大納言の姫君と思われて可哀がられていた猫もゆくえ知れずになってしまった。――ひとまず、立退いた先の屋形は、非常に狭苦しくて、木なんぞはなんにも無かった。そのかわり、隣家の生い茂った木立が目のあたりに見え、何かの花の匂などが風につれてこちらまで漂って来るにつけても、少女は昔の木立の多かった屋形を、――又、それと一しょに焼け死んだのかも知れない猫の事などを、切ない程あざやかに蘇らせたりしていた。
或月あかりの夜、おおかたの人が寝しずまった夜なかまで、少女は姉と一しょに起きて、その家の端近くに出て物語などしあっていた。