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こをつれて
子をつれて
葛西 善蔵
「早稲田文学」1918(大正7)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,970 字 · 34 页
警部の鈍栗眼が、喰入るように彼の額に正面に向けられた。彼はたじろいだ。
「……いや君、併し、僕だって君、それほどの大変なことになってるんでもないよ。何しろ運わるく妻が郷里に病人が出来て帰って居る、……そんなこんなでね、余り閉口してるもんだからね。……」
「……そう、それが、君の方では、それ程大したことではないと思ってるか知らんがね、何にしてもそれは無理をしても先方の要求通り越しちまうんだな。これは僕が友人として忠告するんだがね、そんな処に長居をするもんじゃないよ。それも君が今度が初めてだというからまだ好いんだがね、それが幾度もそんなことが重なると、終いにはひどい目に会わにゃならんぜ。つまり一種の詐欺だからね。家賃を支払う意志なくして他人の家屋に入ったものと認められても仕方が無いことになるからね。そんなことで打込まれた人間も、随分無いこともないんだから、君も注意せんと不可んよ。人間は何をしたってそれは各自の自由だがね、併し正を踏んで倒れると云う覚悟を忘れては、結局この社会に生存が出来なくなる……」
…………
空行李、空葛籠、米櫃、釜、其他目ぼしい台所道具の一切を道具屋に売払って、三百に押かけられないうちにと思って、家を締切って八時近くに彼等は家を出た。