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こをうばう
子を奪う
豊島 与志雄
「中央公論」1921(大正10)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,292 字 · 80 页
またそう感ずることで、心が落付いた。ぼんやり視線を注いでいると、ふと敏子の耳が眼に止った。後ろにかきあげた揉上の毛に半ば隠れ、幾筋もの曲線をうねらし、耳垂がしゃくれっ気味に締れ上っていた。彼は珍らしい物を見るような気がした。それは記憶の中の彼女とは、全く没交渉なものだった。余りにしげしげと見てはいけない醜い発見物のようにさえ思われた。
彼が眼を外らすと、彼の方をじっと見てる兼子の眼に出会った。兼子は視線を外らさなかった。澄みきった黒い冷かな瞳が、彼の眼を吸い取ろうとしていた。彼はその瞳に眼を定めたまま、彼女の顔全体を見て取った。細やかな薄い皮膚、たるみのない痩せ形な頬、すっと高い鼻、薄い唇から覗いてる真白い歯――彼は彼女の美貌に喫驚した。彼は今迄そういう風に彼女を眺めたことがなかった。……彼は眼を外らして、敏子の横顔をまた眺めた。肌目の荒い肉が白粉に包まれていた。ふふんと鼻で笑いたいような気が、彼のうちに起った。それを自ら気付くと、変に息苦しい所へ心が落込んでいった。彼は我知らず立ち上りかけた。そして咄嗟に誰へともなく云った。
「庭の方へ出ませんか。