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こをうばう
子を奪う
豊島 与志雄
「中央公論」1921(大正10)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,292 字 · 80 页
毎月三十円のうちから貯金もだいぶしているらしいのです。そんなに沢山頂いては済みませんと、なかなか受取ろうとしませんでした。瀬戸さんからの五百円だって、まだ永井から貰っていないのですよ。」
その話を聞きながら、彼は別に憤慨をも感じなかった。それ位のことはありそうだと、前から知っていたような落付を覚えた。幾代が今更怒ってるのが、可笑しいほどだった。それよりも彼は、敏子自身のことを、出来るならば依子が居た当時から其後のことを、悉しく聞きたかった。然し幾代は金のことにこだわっていて、最初の時のような話し方をしなかった。彼女は時々、少しずつ、話してきかした。その上、そんな事柄は彼女の頭に深く残ってもいないらしかった。――依子がお父ちゃまだのお母ちゃまだのと云ってるという話を敏子は大変喜んだということ、そして敏子は余り依子の其後の様子を聞きたがらなかったということ、その二つだけが彼の心に印象を与えた。
幾代は帯の間から小さな金襴の袋を取出した。中には鬼子母神の守札がただ一枚はいっていた。敏子が云いにくそうにもじもじしながら、これを依子の肌につけてくれと頼んだそうである。