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こをうばう

子を奪う

豊島 与志雄

「中央公論」1921(大正10)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,292 字 · 80 页

青空文庫

三人共初めから一言も発しないでいた。息を凝したような沈黙が落ちた。彼はそれに気付いて俄に恐ろしくなった。殆んど機械的に電気の覆いを取った。ぱっと明るくなった。彼は云った。

「どうしたんです!」

同時に兼子も云った。

「どうしたんでしょう?」

幾代は長くつめていた息をほっと吐き出して、依子の方を覗き込んだ。――幾代自身も事の起りを知らなかった。彼女がふと眼を覚すと、依子はもう上半身を起こして室の隅を見つめていた。彼女はその肩に手を置いて何か云おうとした。そしてはっとした。石にでも触れたような感じを受けた。次にその眼付を見た時、彼女は堪らなくなって飛び起きたのだった、兼子を呼びに。

見ると、依子は眼をつぶっていた。険しい息使いをしていた。顔がぼーっと赤くなっていた。兼子はその上に屈んで、額に手をあててみた。そして声を立てた。彼も手をあててみた。額が焼けるように熱かった。揺り起すと、依子はぼんやり見廻したが、また大儀そうに眼瞼を閉じた。

病気に違いなかった。そう思うと、急激な病気に違いないという不安が高まった。彼は検温器を持って来て測った。熟は案外にも八度三分に過ぎなかった。