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あんごこうだん

安吾巷談

坂口 安吾

05 湯の町エレジー

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,128 字 · 23 页

青空文庫

伊東の漁師には、水屍体と大漁を結びつける迷信が全く存在していないのである。

しかし、同じ伊豆の温泉都市でも、熱海にくらべると、伊東は別天地だ。自殺にくる人も少いが、犯罪も少い。兇悪犯罪、強盗殺人というようなものは、私がここへ来てからの七ヶ月、まだ一度もない。

その代り、パンパンのタックルは熱海の比ではない。明るい大通りへ進出しているのである。さらば閑静の道をと音無川の清流に沿うて歩くと、暗闇にうごめき、又はヌッとでてくるアベックに心胆を寒からしめられる。頼朝以来の密会地だから是非もない。頼朝が密会したのもこの川沿いの森で、ために森も川も音を沈めて彼らの囁きをいたわったという。それが音無川の名の元だという。伊東のアベックは今も同じところにうごめいているのである。

二週間ほど前の深夜二時だが、私の借家の湯殿の窓が一大音響と共に内側へブッ倒れた。私は連夜徹夜しているから番犬のようなものだ。音響と同時に野球のバットと懐中電燈を握りしめて、とびだした。伊東で強盗なぞとはついぞ聞いたことがないのに、わが家を選んで現れるとは。しかし、心当りがないでもない。税務署が法外な税金をフッかけ、新聞がそれを書き立てたのが二三日前のことだからだ。