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あんごこうだん
安吾巷談
07 熱海復興
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,563 字 · 37 页
「ワッ。時計がない」
女房が時計をぶらをげて出てきた。
「あわてちゃいけませんよ」
と言ったと思うと、空を見て、
「アッ。すばらしい。さア、駈けましょう」
「どこへ?」
「駅」
「あんたも」
「モチロン」
この姐さんは、苦手である。弱虫のくせに、何かというと、のぼせあがって、勇みたつ。面白そうなことには、水火をいとわず向う見ずに突進して、ひどい目にあって、二三日後悔して、忘れてしもうという性コリのない性分であるから、この盛大な火の手を見たからには、やめなさいと云ったって、やめにするような姐さんではない。
私は内心ガッカリした。私は火事というと誰も行くことのできない消防手の最先端へとびだして、たった一人火の手にあおられながら見物するという特技に長じており、何百人のお巡りさんが非常線をはっても、この忍術をふせぐことはできないのである。姐さんに絡みつかれては、忍術が使えない。
伊東の街々では門前に人々が立って熱海の空を見ている。自転車で人が走る。火元は埋立地だという。銀座が焼けた。糸川がやけてる。国際劇場へもえうつった。市役所があぶない等々。街々を噂が走る。
してみると私が時々遊びにでかけた林屋旅館も、支那料理の幸華も、洋食の新道も、もうやけたのだ。