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たぬきじる
完本 たぬき汁
佐藤 垢石
佐藤垢石『完本 たぬき汁』。同一底本的分册已合并为一书。收入:たぬき汁、『七面鳥』と『忘れ褌』、海豚と河豚、うむどん、縁談、議会見物、採峰徘菌愚、酒渇記、酒徒漂泊、すっぽん、増上寺物語、淡紫裳、探巣遅日、盗難、濁酒を恋う、にらみ鯛 、春宵因縁談、姫柚子の讃、美音会、みやこ鳥。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,158 字 · 273 页
けれど、玉汗にはそれが何のための私の表情であるか分からない。私の心胆を砕いた遠まわしも水泡に帰した。もう取り返しがつかないのだ。
『そうかね、それじゃあ、まあ何もかまわんことにするから、眠くなるまでゆっくり話そう』
情けない言葉だ。
そこでまた、校長先生の口から碧梧桐の新傾向論がはじまった。それに続いて、元禄のころこの碓氷峠の裾に、芭蕉の弟子となった白雄という俳人がいた、という昔話になったのだが、口から綴り出すその糸のような言葉の、長いこと。
私は、空腹が睡気に変わってきた。先生の話を感服して聞く誠実さがなくなった。玉汗一人が眼鏡を拭きふき、まことしやかであるだけだ。
そこへ、母屋の方のお婆さんが、唐黍の焼餅を、大きな盆に山ほど積んで、お茶うけに持ってきた。この座敷の寒い空気に触れて、白い湯気がおいしそうに焼餅から立ち揺れる。
眼が、急に輝いた。三人は、競うように大きな焼餅を貪り食った。――もう、晩飯はすんできた――という三人を、校長先生は呆れ顔で見ていた。
翌朝、一升五合炊もはいろうと思う大きな米櫃へ、白い飯を山盛りいれて出してくれた。そのときの、下仁田葱の熱い味噌汁の味がいまでも忘れられない。