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たぬきじる
完本 たぬき汁
佐藤 垢石
佐藤垢石『完本 たぬき汁』。同一底本的分册已合并为一书。收入:たぬき汁、『七面鳥』と『忘れ褌』、海豚と河豚、うむどん、縁談、議会見物、採峰徘菌愚、酒渇記、酒徒漂泊、すっぽん、増上寺物語、淡紫裳、探巣遅日、盗難、濁酒を恋う、にらみ鯛 、春宵因縁談、姫柚子の讃、美音会、みやこ鳥。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,158 字 · 273 页
上田から一里ばかり西の小県郡中条の木賃宿が、その夜の宿であった。そこでは宿の主人のまことに洒脱な夫婦喧嘩を聞いた。その次の日は、千曲川の流れに沿う戸倉の村をぼつぼつと西へ向かって歩いたのである。
戸倉はちかごろ、温泉が復活してからすさまじく繁華になって、いまはもう昔の親しみ深い宿場の模様を偲ぶよすがもない。西洋づくりの店が、軒を並べている。商店のウインドに、ネオンの管が渦巻いている。あのとき、この村の縄暖簾で鍋一枚七銭の馬肉を食べ、吉原土手では一枚四銭であるのに、と言って憤慨してからもう年月はいくつ流れたであろう。あの縄暖簾は、宿場のどの辺にあったのであろうか。このたび、思いがけなく傷兵慰問の旅にきて、ひさし振りに信濃路の古き山河の俤を偲び、いまもなお、わが身に去りし日のあの若き血潮が生きているであろうか、と考えてみたのであった。(一五・四・一)