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さびしきうお
寂しき魚
室生 犀星
「赤い鳥」1920(大正9)年12月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,800 字 · 10 页
月や星のかげは、水中の祝祭にでも現われたように、矢のような青白い光の線状を乱射してくるので、かれらはその光のあいだを泳ぎ廻りながら、ただ、水と空と夜との世界を遊びにふけるのでした。そこでは一切がかれらの仲間ばかりの世界で、何者もその美しい世界を乱してくるものがなかった。ただ、葦やよしの根が、さきの方に風をうけると、ふしぎに揺れて、水のなかで低い笛のような音を立てるのと、更けるにしたがって繁くなる夜露が、しんとした水面にかすかな音を立てるばかりで、あとはただ虫のこえばかり聞えるだけでした。虫は水の中からも起ってくるように、あちこちで啼いていたのです。
けれども、古い魚だけは、夜もおちついて底の方へ下りようともせず、動こうともせず、ひとところにじっと凝りあがって、ぽっかりと浮いているのでした。かれの背なかには、夜風がふれてゆき、星や月のひかりも、空にあるごとに、かれに触れて冷たく濡れてゆくのでした。そのたびに、かれの背中は蒼白く輝き、すこしずつひりひりと、一枚々々の鱗がふるえるようになるのでした。それらの月や星のひかりが、この古い魚にとって、どれだけの喜びであったかもしれない。