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ふじ

富士

岡本 かの子

「文芸」1940(昭和15)年11月号~1941(昭和16)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,579 字 · 82 页

青空文庫

常陸の国の天羽槌雄神が作った倭文布の帯だけが、ちらりと女神の腰に艶なる人界の色を彩る。

翁はわが子ながら神々しくも美しいと見て取るうち、女神の姿は過ぎた。

娘の神が捧げて過ぎた机代のものの中で、平手に盛った宇流志禰の白い色、本陀理に入れたにいしぼりの高い匂いが、自分に絶望しかけて凡欲の心に還りつつある翁の眼や鼻から餓えた腸にかぐわしく染みた。

翁はから火を見ながらかさかさ乾いて亀縮む掌を摩り合わせて「娘が子というものは」と考えた。

「手頃の育て方をして置くものだ」

と、これは口に出していった。

「あの娘は、あまり偉くなりすぎたよ」

口惜しさと悔いがぎざぎざと胸を噛んだ。

「あれじゃ、まるで取り付くしまもありはしない」

ふと、翁にふる郷の西国の山と山神が懐しまれた。あれ等のものにはつんもりとした、ちょうど愛の掌で撫で廻される手頃なものがある。それ等の山には背があれば必ず山隈や谷があった。そのようにこどもの山神たちにも秀でた性格の傍、叱りたしなめはするがそれによってまた憐れみがかかり懐き寄せられもする欠点なるものがあるのだったが。

この山の娘にはそれが無い。