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ふじ
富士
岡本 かの子
「文芸」1940(昭和15)年11月号~1941(昭和16)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,579 字 · 82 页
と。孫娘はおさな心に高い誇りを感じた。
ふた親は、なお、祖父の神の偉大さを語るにこういう言葉を使った、「なにしろ、西国の山々はもちろんのこと、東国でも、福慈とか、この筑波とかいう名山には必ず、こどもをお遺しになり、山を拓かすと共に、眷属の繁栄をお図りになった方なのだから」と。
祖父の偉れた点を語ることは、また、その孫娘に偉れることを慫慂することでもあった。
ふた親は、自分たちのことに就ては「わたし達は、何ということはない平凡なものさ。けれども、山を拓くことにかけては、これでも人知れない苦労はしたものさ」
女は、幼いときから、礼儀作法を仕込まれた。女の嗜みになる遊芸の道も仕込まれた。しかし最も躾けに重きを置かれたのは生活の調度の道だったことは、ふた親の性格からして見易き道理であった。麻野には麻を蒔き、蚕時には桑子を飼う。――もし鯛が手に入ったら蒜と一しょにひしお酢にし即座の珍味に客に供する。もし小江の葦蟹を貰ったら辛塩を塗り臼でついて塩にして永く貯えの珍味とする。こういう才覚が母によって仕込まれた。女は歌垣に加わって歌舞する手並も人並以上に優れたが、それよりも、繭を口に含んで糸を紡ぎ出し、機糸の上を真櫛でもって掻き捌く伎倆の方が遥に群を抜いていた。