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ふじ
富士
岡本 かの子
「文芸」1940(昭和15)年11月号~1941(昭和16)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,579 字 · 82 页
歯朶が生い囲んでいる入口の辺を過ぎると、岩窟の岩肌が灯に照し出された。頬を掠めて蝙蝠らしいものが飛んで女を驚した。
僅な松明の灯に照し出される岩肌は、穴の屈曲に従って 拗けた瘤をつけ 波打つ襞を重ねる。岩室がぽっかり袋のように広くなったところもある。洞内の貫きよう、壁皴の模様、かてて加えて、岩徹る清水は岩の肌を程よく潤して洞は枯石の成るところのものとは思えない。女はなにかしら柔かくふにょふにょしたものの中を行くと思い做されて来た。しかもそのなにかしらと感じていたものが、ふと生けるものの、女性の胎内とはかかるものではないかと思い浮べられて来たときに、女はわれ知らず、身体が熱くなり、顔の赭くなるのを覚えた。
岩角を一つ曲ると、かすかな燈火の灯かげに照し出され、一人の若い男が、天井から垂れ下っている大きな乳房に吸い付いて余念もなく啜っている不恰好なさまを見出した。女はつい松明を取落し「あらっ!」と叫ばざるを得なかった。
この若い男は、科野国の獣神であって、福慈の女神により人間に化せしめられつつあるうち病気をしてしまったのでこの洞窟内で療養せしめられているのだといった。