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ふじ

富士

岡本 かの子

「文芸」1940(昭和15)年11月号~1941(昭和16)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,579 字 · 82 页

青空文庫

あんたが悩むとき、美しくあるとき、青春に萌ゆるとき、わたしは在る。ほんとうに在る。あんたの肉体そのものに感ぜられるまでに、わたしは在る。今ぞわたしは失する。さくらの空に朗々と失することの楽しさ」

またころころと笑う声は、珠うち鳴らしつつ距り行くが如く、霞を貫きおお空の宙にまであとをひいていつとしもなく聞えなくなった。

福慈の岳の噴煙は激しくなって、鳴動をはじめた。

不二の嶺のいや遠長き山路をも妹許訪へば気に呻はず来ぬ

富士の西南の麓、今日、大宮町浅間神社の境内にある湧玉池と呼ばれる湛えた水のほとりで、一人の若い女が、一人の若い男に出会った。

頃は、駿河国という名称はなくて、富士川辺まで佐賀牟国と呼ばれていた時代のことである。

若い男は武装して弓矢を持っている。若い女は玉など頸にかけ古びてはいるがちょっとした外出着である。若い男は女をみると、一時立竦むように佇り、まさ眼には見られないが、しかし身体中から何かを吸出されるように、見ないわけにはゆかないといった。

女は、自分の前に佇った男は、身体の割に、手足が長くて、むくつけき中に逞しさを蔵している。獣のように毛深い。