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ふじ
富士
岡本 かの子
「文芸」1940(昭和15)年11月号~1941(昭和16)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,579 字 · 82 页
眼から鉾を突出すよう女を見入った。
女は思慮分別も融けるような男の息吹きを身体に感じた。しかし前回での男とのめぐり合いののち、富士を眺め上げて、それはただ血の気の做すわざなんだか、もっと深く喰入るべきものがあるような気がしたのを想い出して、自然と抑止するものがあった。
「どうなしたの」
とすずろのように訊いた。女は足元に投出された血だらけの矢の雄鹿を見ても愕かず、少しわきへ寄っただけであった。男の何かしら廻り諄い所作の道具に使われて、命を失いかけている小雄鹿を、その男と共に、無駄なことの犠牲になった悲運のものと思うだけだった。ただ、しゅくしゅく鳴きながら苦しみを訴える鹿の眼の懸命に戸惑う瞳の閃きに一点の偽りもないのを見ると掻き抱いてやり度いようだった。
男は口を二三度もぐもぐさしたが、やはりいい出せなかった。女の方が却って男の不器用を察して気ずつない思いを紛らすために、わきを向きながら小さな声で唄った
など 黥ける利目
など 黥ける利目
これは、男の顔を、ちらと見たとき、自然と思い浮べられた歌の文句だった。
この薑、口疼く
男は、叫ぶと猛然、女の代りに鹿に飛びかかって、毛深く逞しい拳を振り上げて、丁々と撃った。