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てらだせんせいのついおく

寺田先生の追憶

中谷 宇吉郎

――大学卒業前後の思い出――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,152 字 · 26 页

青空文庫

むしろ研究というものはこういうものと初めから思い込んで、唯面白いという念だけに駆られて、実験に打ち込んでいた。そういう意味で先生の研究指導ぶりは、天衣無縫の域に達していたと言えよう。

或る日こんなことがあった。

何かの用にあてるために、砂を菓子箱の蓋に一杯入れて、実験台の隅にのせてあった。先生は午後の御茶の時間に、例のように上機嫌で一同を煙に捲きながら、その紙箱をいじっておられた。砂を入れたその紙箱は、横側を押される度に歪んだ。すると中の砂はさらさらと崩れて、何本かの罅がはいった。何も珍らしい現象ではないので、火鉢の中に灰匙を立てて左右に動かすという悪戯をして見た人は、誰でも灰に罅がはいって崩れることを知っているであろう。先生はじっと砂の表面に見入りながら、急に黙り込んで何時までも箱の側面を引いたり押したりしておられた。皆もちょっと手持無沙汰な恰好で砂の割れ目を怪訝そうに見ていた。

大分経ってから先生は口を切られた。「君たち、この現象をどう思いますか。砂が崩れる時に出来た罅は、こうして逆に押し戻しても埋らなくて、皺になって盛り上るでしょう。こういう不可逆的な現象は、摩擦が主な役割を演じている場合に限るので、これは大変面白い現象なんです。