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しょうぎのおに

将棋の鬼

坂口 安吾

「オール読物 第三巻第四号」1948(昭和23)年4月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,311 字 · 9 页

青空文庫

これのあるうちは、木村は本当に救われておらぬ。一介の勝負師になりきらねばならぬ。骨の髄から勝負ひとつの鬼となりきらねばならぬ。

名古屋の対局では、升田が相手をなめてかかってハッタリ的にでたのに対して、木村はホゾをかため、必死の闘魂をもってかかってきた面影があった。

だから、この一戦に関する限り、木村は勝負の鬼、めざましく、見事な闘魂、身構えであったが、その代り、この一戦だけ、というような超特別の翳があった。

これだけは負けられぬ、そういう特別な翳であり、この一戦を出はずれると、もとの貫禄へ戻りそうな、不安定なものがあった。

そういう危険は升田にもある。ハッタリで指せば負けるのである。

毛一筋の心の弛みによって、勝ちも負けもする、こゝに勝負というものゝ残酷きわまる真相があるのだ。その日によって調子もあり、読みの浅い日、深い日、閃く日、閃きのない日、色々あろうと思う。

私たち文士だと、今日は閃きがないというので、仕事を休んで遊ぶことができる。勝負の方は、そうは行かぬ。約束の日だから、閃きのない日でも、指さねばならぬ。

だから、対局の日を頂点にして、最も閃きの強い日をそこへ持って行くような、心構えと、その完全な用意がなければならぬ。