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ちいさきものへ
小さき者へ
有島 武郎
「新潮」1918(大正7)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,154 字 · 21 页
産婆が雪で真白になってころげこんで来た時は、家中のものが思わずほっと気息をついて安堵したが、昼になっても昼過ぎになっても出産の模様が見えないで、産婆や看護婦の顔に、私だけに見える気遣いの色が見え出すと、私は全く慌ててしまっていた。書斎に閉じ籠って結果を待っていられなくなった。私は産室に降りていって、産婦の両手をしっかり握る役目をした。陣痛が起る度毎に産婆は叱るように産婦を励まして、一分も早く産を終らせようとした。然し暫くの苦痛の後に、産婦はすぐ又深い眠りに落ちてしまった。鼾さえかいて安々と何事も忘れたように見えた。産婆も、後から駈けつけてくれた医者も、顔を見合わして吐息をつくばかりだった。医師は昏睡が来る度毎に何か非常の手段を用いようかと案じているらしかった。
昼過ぎになると戸外の吹雪は段々鎮まっていって、濃い雪雲から漏れる薄日の光が、窓にたまった雪に来てそっと戯れるまでになった。然し産室の中の人々にはますます重い不安の雲が蔽い被さった。医師は医師で、産婆は産婆で、私は私で、銘々の不安に捕われてしまった。その中で何等の危害をも感ぜぬらしく見えるのは、一番恐ろしい運命の淵に臨んでいる産婦と胎児だけだった。