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ちいさきなにも

小さき花にも

豊島 与志雄

「光」1948(昭和23)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,115 字 · 21 页

青空文庫

スカートの裾にまつわる宵の風には、もう秋の気があった。私は思いに沈んで、涙が眼にいっぱいたまり、ハンケチで拭いた。

ところが、省線電車の駅近く、賑やかな街路の明るい灯を見ると、私はふと、騙されたような気持ちに変った。誰が騙したんでもない。先生やあの人たちが騙したんでもない。ただ私の方から騙されたんだ。つまり、すべてが嘘だったんだ。先生はじめ皆が言ったこと、したこと、すべて嘘だったんだ。それでは真実はどこにあるのだろうか。私の方だけにある。どこにもなく、ただ私の方だけにある。

その思いは、奇異なものだった。私はまだ嘗てそんな思いをしたことがなかった。謂わば、外部の世界がすべて拵え物になって、自分一人が曠野の中に残された感じだ。

それでも、またふしぎなことに、私は淋しくなかった。小さな小さな、光るものが心の中にあって、それが力となり喜びとさえなった。

今にして私ははっきり思い当る。あの人たちすべて、ヴァージニティーを失っているのだ。精神的なことを言うのではない。単に肉体上のことだ。男たちはもう童貞を失っているし、女たちはもう処女を失っている。肉体のことだ。