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ちいさきなにも

小さき花にも

豊島 与志雄

「光」1948(昭和23)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,115 字 · 21 页

青空文庫

それだけだった。それでいいのかしら。手塚さんとお姉さんは、愛し合っているのだ。そしてこれから半年ばかり別れねばならないのだ。それなのに、何事もなかった。いつもの通りだった。手塚さんが茶の間で話しこんでるだけだった。それきりで、明朝は早く起きなければならないからと、みんな早めに寝た。その、何事もなかったということが、朝になってから、却って私の気にかかった。

二階は、もう蚊帳も布団も片付けられているのに、電燈がついていなかった。おや、誰もいないところに踏み込んだ気持ち……私は立ちすくんだ。けれどすぐに眼は馴れてきた。東の空の曙光を受けてぼーっと明るかったのだ。植木鉢が三つ四つ並んでる出張り框に腰掛けて、手塚さんは私の方をじっと見ていた。へんに工合がわるくて、私は言葉もなく、微笑も出来なかった。

「こんなに早く、あなたも起きたんですか。」

手塚さんはいつから起きてるのかしら。

「なかなか夜が明けませんね。まだ星が光っていますよ。」

そして手塚さんが、向うむいて空を見上げたので、私はほっとして、その側までいった。大気が白んでるだけで、中天はまだ薄暗く見え、星が幾つか、妙に近々と浮き出して閃めいていた。