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ちいさなできごと
小さな出来事
寺田 寅彦
「中央公論」1920(大正9)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,533 字 · 29 页
その日の夕方思い付いて字引でみのむしというのを引いてみると、この虫の別名として「木螺」というのがあった。なるほど這って行く様子はいかにも田螺かあるいは寄居虫に似ている。それからまた「避債虫」という字もある。これもなかなか面白いと思った。それから手近な動物の事をかいた書物を捜したが、この虫の成虫であるべき蝶蛾がどんなものであるか分らなかった。英語では何というかと思って和英辞書を開けてみたが虫の一種とあるばかりで要領を得なかった。いったいこの虫が西洋にも居るだろうか。もし居れば、こんな面白い虫の事だから、ずいぶん色々な人が色々な事をこれについて書いたのがありそうなものだと考えたりした。昆虫学者に会ったら聞いてみたいものだと思っている。
「簑虫鳴く」という俳句の季題があるのを思い出したから、調べついでに歳時記をあけてみると清少納言の『枕草紙』からとして次のような話が引いてある。「簑虫の父親は鬼であった。親に似て恐ろしかろうといって、親のわるい着物を引きかぶせてやり、秋風が吹く頃になったら来るよとだまして逃げて行ったのを、そうとは知らず、秋風を音にきき知って、父よ父よと恋しがって鳴くのだ」