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やまのうえのきとくものはなし

山の上の木と雲の話

小川 未明

「読売新聞」1922(大正11)年3月22~25日

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 2,629 字 · 6 页

青空文庫

木は、ほんとうに夢とばかり思ったのです。そして、このときばかりは、自分ほど、幸福なものは世の中にないと思いました。いつまでも木は、この美しい雲をば見ていたかったのです。また、翼があったら、自分も飛んで雲の後を追って、いっしょに旅をしたいと思いました。しかし、木には、もとよりそれができなかったのです。そのうちに、だんだん雲の姿は、遠ざかってしまいました。

その日から、木は、この雲の姿を忘れることができませんでした。そして、もう一度ここへやってくるといった雲の言葉を思い出して、毎日さびしい日を送っていました。

しかし、それからというものは、けっして、そのような美しい雲をば木は、見なかったのです。夏も去ってしまい、秋にもなったけれど、この美しい雲は、ふたたび目のとどくかぎり、空に姿を現しませんでした。

木は、深い、深い、愁いに沈みました。毎日、山の頂を通る雲は、灰色の物悲しいものばかりでありました。

木が、こうして悲しみに沈んでいましたとき、からすがやってきて、

「なんで、そんなに悲しんでいるのですか?」と、木に向かって聞いたのであります。

木は、心の中の悲しみを隠していることができませんでした。