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やまのこんじゃく
山の今昔
木暮 理太郎
「山岳講座」1936(昭和11)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,554 字 · 42 页
陽成天皇元慶二年正月十三日に沙門三修が近江国坂田郡伊吹山護国寺を定額に列せんことを奏請せる条に、
少年の時、落髪入道し、脚名山を歴て、周く尽さざるなし、仁寿年中此山に登り到る、即ち是七高山の其一也、其形勢を観るに四面斗絶し、人跡至る希なり。
とあるのも似たような記事で、其頃既に伊吹山も登山者があったのである。是等の例から推して各地に於ける山宮も亦山上に鎮座し、参拝の為に登山する者のあったことが察知されるのである。
この登山は前に述べた猟師などの日常生活の必要に伴う山登りとは違って、単純ではあるが信仰による登山であるから、後年に至って盛になった僧侶又は修験者を開祖とする宗教的登山も、之が発展普及には、この信仰を根柢として、神仏習合の思想を誘導する用意を忘れてはならなかった、この周到なる用意があったればこそ、あのように宗教的登山が栄えたのである。其頃仏教は漸く盛になりつつあったが、それは文化の進んだ都市又は寺院附近に止まり、僻地の山間にまで普く行き渡っていたものとは考えられず、一般民衆の間では神を尊崇し、仏を嫌っていた者が少なくなかったであろうから、僧侶が山を開いた当初には、山頂に仏を勧請することはしなかったろう。