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やまのこんじゃく

山の今昔

木暮 理太郎

「山岳講座」1936(昭和11)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,554 字 · 42 页

青空文庫

天離る 鄙に名かかす 越の中 国内ことごと 山はしも 繁にあれども 川はしも 多に逝けども 皇神の 主宰き坐す 新河の その立山に 云々。

の歌があり、翌二十八日に大伴池主が之に和して

朝日さし 背向に見ゆる 神ながら 御名に負はせる 白雲の 千重を押し別け 天そそり 高き立山 云々。

と歌っている。「うしはきゐます」といい、「神ながら御名に負はせる」という、共に立山が立山神の坐す所であるという崇敬の念をこめて、立山の雄姿を礼讃したものに外なるまい。高橋虫麿の作と伝えられる「不尽山を詠める歌」に「くすしくも坐す神かも」又は「やまとの国の鎮めとも坐す神かも」とあるのは、寧ろ山其物を神と崇めた言葉で、二の思想の混同を示すものである。

古代人は巌を特に霊あるものとして尊崇し、其呪力に依りて邪神悪霊を払い、生れる児の寿命の永久を磐石の常存になぞらえんとした思想は、泉津平坂に塞ります千引石を道返しの大神といい、磐長姫が皇孫の召し給わぬを恥じ恨みて、うつしき蒼生は木の華の如くに衰えんと詛われた事から察せられ、又磐が神のいます神聖なる場所で、皇孫の坐せる所が磐の高御座であったことは、天の磐座を押し放ちて御降臨になったことから推知される。