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やまのてのこ
山の手の子
水上 滝太郎
「三田文学」1911(明治44)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,551 字 · 31 页
と言って、別れ際に今日の終りの頬擦りをして横町へ曲って行く。
私はいつも父母の前にキチンと坐って、食膳に着くのにさえ掟のある、堅苦しい家に帰るのが何だか心細く、遠ざかり行く子供の声をはかない別れのように聞きながら一人で坂を上って黒門をはいった。夕暮は遠い空の雲にさえ取止めもない想いを走らせてしっとりと心もうちしめりわけもなく涙ぐまれる悲しい癖を幼い時から私は持っていた。
玄関をはいると古びた家の匂いがプンと鼻を衝く。だだっ広い家の真中に掛かる燈火の光の薄らぐ隅々には壁虫が死に絶えるような低い声で啼く。家内を歩く足音が水底のように冷めたく心の中へも響いて聞える。世間では最も楽しい時と聞く晩餐時さえ厳めしい父に習って行儀よく笑い声を聞くこともなく終了になってしまう音楽のない家の侘しさはまた私の心であった。お祖母様や乳母や誰彼に聞かされたお化の話はすべてわが家にあった出来事ではないかと夜はいつでも微かな物音にさえ愕えやすかった。自然と私は朝を待った。町っ子の気儘な生活を羨んだ。
カラリと晴れた青空の下に物皆が動いている町へ出ると蘇生ったように胸が躍って全身の血が勢いよく廻る。