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やまのてのこ

山の手の子

水上 滝太郎

「三田文学」1911(明治44)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,551 字 · 31 页

青空文庫

けれども海岸の防風林にもつれない風が日に日に吹きつのり別荘町も淋しくなる八月の末には都へ帰らなければならなかった。帰った当座は住み馴れたわが家も何だか物珍しく思われたが夏の緑に常よりも一層暗くなった室の中に大人のようにぐったりと昼寝する辛棒も出来ないので私はまた久しぶりで町をおとずれた。木蔭の少ない町中は瓦屋根にキラキラと残暑が光って亀裂の出来た往来は通り魔のした後のように時々一人として行人の影を止めないで森閑としてしまう。柳屋の店先に立った私を迎えたのは、店棚の陰に白い団扇を手にして坐っていた清ちゃんの姉さん一人だった。

「マアしばらくぶりねえ。どこへ行っていらしったの。そんなに日に焼けて」

娘はニコニコして私を店に腰掛けさせ団扇で※ぎながら話しかけた。

「誰もいないのかい。清ちゃんも」

「エエ。今しがた皆で蝉を取るって崖へ行ったようですよ」

「誰も来ないのかなあ」

つまらなそうに私は繰り返して言った。

「誰もって誰さ。アアわかった。坊ちゃんの仲よしのお鶴さんでしょう。坊ちゃんはお鶴さんでなくっちゃいけないんだねえ。私ともちっと仲よしにおなりな」

娘は面白そうに笑った。