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やまのてのこ

山の手の子

水上 滝太郎

「三田文学」1911(明治44)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,551 字 · 31 页

青空文庫

「誰でもいいからお鶴ちゃんの着物を捲ったら氷水をおごるぜ」

さすがに金ちゃんは姉のこととて承知しなかったが車屋の鉄公はゲラゲラ笑いながら電信柱の後に隠れる。私は息を殺してお鶴のために胸を波打たせた。夜目に際立って白い浴衣のすらりとした姿をチラチラと店灯りに浮き上らせてお鶴はいつもの通り蓮葉に日和下駄をカラコロと鳴らしてやって来る。やり過して地びたを這って後へ廻った鉄公の手がお鶴の裾にかかったかと思うと紅が翻って高く捲れた着物から真白な脛が見えた。同時に振り返ったお鶴は鉄公の頭をピシャピシャと平手でひっぱたいてクルリと踵をかえすと元来た方へカラコロとやがて横町の闇に消えてしまった。気を呑まれた若者は白けた顔を見合わせておかしくもなく笑った。私は強い味方を持てる気強さと滝夜叉のように凄いほど美しいわがお鶴をたまらなく嬉しく懐かしく思ったのであったが待ち設けた人に逢われぬ本意なさにまだ崩れない集まりを抜けて帰った。

暗闇の多い坂上の屋敷町は、私をして若い女や子供が一人で夜歩きするとどこからか出て来て生き血を吸うという野衾の話を想い起させた。その話をして聞かせた乳母の里でも村一番の美しい娘が人に逢いたいとて闇夜に家を抜け出して鎮守の森で待っているうちに野衾に血を吸われて冷めたくなっていたそうだ。