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さんじょうこ

山上湖

豊島 与志雄

「新潮」1949(昭和24)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,912 字 · 22 页

青空文庫

私はまだまだ外を歩きたかった。旅館の狭苦しい室に戻りたくなかった。

湖水の岸の砂地を、行けるところまで行ってみよう。

月はもうだいぶ昇って、湖面の光りの反映は狭まり、沖の方は黝ずんで盛り上っている。

「この湖水には、伝説があるのね。」

「たいていの湖水には、伝説があるものだが、どういうの。」

話すのも、つまらなくなった。神様と、坊さんと、怪物、その三つの型に多くはきまっているのだ。

断雲が空を流れて、時々月光が隠される。

「それに、怪談もあるわ。」

「怪談……伝説と同じことじゃないかな。」

「いいえ、怪談というより、事実かも知れないわ。この湖水、たいへん深いでしょう。山の上にあるけれど、真中の底は、海面に近いぐらいよ。それで、水死人が、深く深く沈んでゆくと、水圧のために浮き上らなくなり、立ったまま、底のへんを、ふらりふらり歩いてるの。そんなのが、たくさん歩いてるのよ。」

ほんとにそんな風に、私は信じたかった。

しばらく間を置いて、平田は言った。

「それは、おかしい。水圧で浮き上れなくなることは、あるかも知れないが、人間の身体は、頭の方が重くて足の方が軽い筈だから、立っているとすれば、逆立ちになるわけだが……。