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さんじょうこ

山上湖

豊島 与志雄

「新潮」1949(昭和24)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,912 字 · 22 页

青空文庫

私はくるりと向き直って、真直ぐに湖水へはいって行った。靴のまま、服と外套のまま、水へはいって行った。彼はすぐ私のあとからついてきた。冷徹な水は、膝から腰へ、腰から胸へ、ひたひたと迫ってくる。足先がしびれてくる。よろけかかって、首まで沈もうとした、とたんに、私は両肩を引戻された。

「ちょっと待って。忘れていた。僕は薬を持っている。あれを飲んでから、一緒にはいろう。」

切れ切れの言葉と共に、私は巨大な感じのする力に引き戻された。

ずぶぬれの姿を、私は湖岸の砂上に投げ出した。

なんという大きな力だったろう。そしてなんという分別くさい考慮だったろう。それだけで、なんの感激も情熱もなかった。手を握り合いさえもしなかった。薬を飲んだら、彼は白痴のように、犬のように、ただ白々しく、私のあとにどこまでもついて来ることだろう。

私は彼を殴りつけたかった。蹴飛ばしたかった。そして泣きたかった。だがその力も、もう私にはなかった。

彼は私を扶け起そうとしたが、私がぐったりしてるので、手を離して、そこにしゃがみこんだ。

「許してくれよ。僕はすっかりだめなんだ。どこか麻痺してるんだ。