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やまぶきのはな
山吹の花
豊島 与志雄
「群像」1953(昭和28)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,727 字 · 22 页
それから先は車の通らない歩道で、金精峠を越して奥日光の湯元温泉に至る。
田宮は丸沼の温泉ホテルに身を落着けた。透明な湯に浸り、朝夕二度の食事に少量の酒を飲み、湖畔を逍遙した。四方の山々、奥深い原始林、なだらかな湖面、すべてが静謐だった。往々にして、リュックを背負った旅人やバスに出逢うと、実に思いがけない感じで、はっとさせられた。虚心が乱されたのだ。それを静めるために、湖水を眺めていると、その湖心に眼があった。それも果して、湖心の眼か、或いは彼自身の眼か。その眼には、過去に葬ったつもりのものが見える。
湖畔の雑草のなかには、黄色の花がたくさんあった。それが、山吹の花の色に通じてくる……。
綾子が病床にある時のことだった。二月の半ばから寝ついて、軽い腹膜炎とのことだったが、それがなかなか癒らなかった。初めはおとなしく寝ていたが、長引くにつれて、さすがに気持の焦れが出て来たらしかった。
「あたし、いつ癒るかしら……。」
ぽつりと言って、父の田宮を縋りつくようなまた訴えるような眼で見上げた。
「そうだなあ……。」
綾子の視線を避けて、障子の腰硝子から庭に眼をやると、その片隅に、一叢の山吹が薄緑の若葉をつけていた。