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やまぶきちょうのさつじん
山吹町の殺人
平林 初之輔
「新青年」1927(昭和2)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,530 字 · 37 页
凝乎(じっ)と見つめていると、躯幹(くかん)とほぼ直角につきさされたままになっている短刀の柄(つか)が、かすかに動いているようにも見えたが、その実、傷口の周囲に夥(おびただ)しく流れている血液の表面にはもう大きな皺(しわ)ができていた位だから、被害者が兇行を受けてから、既(すで)に少なくも一二時間を経過していることは確実であった。
男はくるりとうしろを向いて押入れの襖(ふすま)をあけ、メリンスのかけ布団を一枚出して、ふわりと屍体(したい)の上にかけた。短刀の柄のところが少し凸出(とっしゅつ)してはいたが、何も知らぬ人が見れば、まるで、疲れてぐっすり熟睡しているように見えた。
突然、男は屍体のそばに膝をついた。そして、如何(いか)にも感慨にたえぬような様子で、被害者の蒼(あお)ざめた額をさわったり、ほつれ髪をかき上げたりしていたが、やがて、死人の顔とすれすれのところまで自分の顔をもって行って、まるで生きた恋人同志がするように、死人の唇に、ものの五秒間も接吻していた。男が顔をあげたとき、彼の両眼には大きな涙が浮んでいた。涙は頬を伝(つた)わって死人の冷たい顔の上へ二三滴落ちた。