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しまづなりあきらこう
島津斉彬公
中谷 宇吉郎
「西日本新聞」1955(昭和30)年10月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,107 字 · 3 页
牧野伯は「やっと出来上ったが、もう間に合わない」といっておられた。
この本を読んで、私は非常に驚いた。斉彬公は、非常に高い科学精神と、恐るべき直観力とを兼ね備えた稀れな天賦の人であったことを初めて知った。その業績は、まことに多岐にわたり、その後の日本の近代工業の基礎は、ほとんど斉彬公によって作られたともいえるのである。少くもその芽生えは、此処にあったということは断言出来る。時は浦賀に黒船が迫り、下関には砲声が響く直前の頃であった。幕府では沿岸警備のために、寺院の釣鐘を運び、口を海に向けて並べていた。黒船から見た時に、大砲と見えるだろうというのである。
その時に斉彬公は、まず大砲と軍艦との建造を思い立った。そのためには、製鉄用の反射炉と熔鉱炉とを造らねばならない。鉄が出来たとしても、大砲の孔をくるためには、鑽開台が必要である。大砲だけでは戦争は出来ないので、地雷水雷製造所もつくった。水雷は海防のため鹿児島湾内に伏せ、地雷は鉱山発掘のために使われた。
最大の事業は、蒸気船の建造であった。船体ももちろんであるが、蒸気機関もまず小模型から作って試験するという調子であったから、困難の度はおして知るべきであった。