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こうじょうろうどうしゃのせいかつについて
工場労働者の生活について
宮本 百合子
「多喜二と百合子 第四号」多喜二・百合子研究会、1954(昭和29)年6月
N3 · 进阶 · 新字新假名 · 2,985 字 · 7 页
理由。 自分が女学校へゆき、専門学校に入ったために一家離散し、その日その日を稼いで食っている。上京のとき県の学資金をホ助して貰おうとしたら女だというのと、専門の関係から金が入らないという理由で拒絶され
学校の寄宿舎では一年の時、畳を友達が一寸四方ヤイタというので舎監が一部屋八畳のタタミ代二十四円のバッ金をかせた。それをキッカケにすとらいきみたいなことをやった。私は最も重い刑、三日間の絶食と一週間のキンシンをくう。一ヵ月もたたないうちに二週間のキンシンと二ヵ月の外出キンシ。舎カンの目をとおさずに展ラン会へ出品した事。学校当局は何も知らぬ自分を赤だと云われ、それからはじめて赤い本をよむようになった。自分は貧乏人のクセに絵なんぞ書いてるのはモッタイないと思っていると資金がきれ退学。学内に組織はなかった。昭和六年九月(退学後)芝浦の××印刷工場(三百人)に日給一円コウセイヤとしてかよう。当工場にアナ系(自由レンゴー)の組織があって不当カイコに対して専務をテロッて病気させた。加って、二三ヵ月でクビ。失業(十一月ヤップ加盟)
七年一月 板橋 N食糧工場の加工部。