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おぐらいけのはす
巨椋池の蓮
和辻 哲郎
「新潮」1950(昭和25)年8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,016 字 · 12 页
あの蓮見の時にはそんな心配は少しもしなかった。で、そのことを谷川君にいうと、「うっかりそんな話をすれば、引っ張り出しが成功しなかったかもしれませんからね」という答えであった。落合君はもうその前から東山のマラリヤの蚊にやられていたのである。この谷川君の英断にも私は心から感謝した。あのすばらしい蓮の花の光景のことを思うと、マラリヤの蚊などは何でもない。また夜明け前後のあの時刻には、蚊はあまりいなかったように思う。
ところで、巨椋池のあの蓮の光景が、今でも同じように見られるかどうかは、私は知らないのである。巨椋池はその後干拓工事によって水位を何尺か下げた。前に蓮の花の咲いていた場所のうちで水田に化したところも少なくないであろう。それに伴なって蓮の栽培がどういう影響を受けたかも私は知らない。もし蓮見を希望せられる方があったら、現状を問い合わせてからにしていただきたい。
あの蓮の花の光景がもう見られなくなっているとしたら、実に残念至極のことだと思うが、しかし巨椋池はかなり広いのであるからそんなことはあるまい。
(昭和二十五年七月)