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こうだんし

巷談師

坂口 安吾

「別冊文藝春秋 第一七号」1950(昭和25)年8月3日発行

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,894 字 · 22 页

青空文庫

だから六十二級の私が名人戦の観戦記をかくと、心眼が復讐しているようなものだ。将棋は見ていても、分りッこない。勝負だけがわかる。そして、それを見る。

つまり、仇討ちの見物人に分るのは、仇討のイワレ、インネン、双方のイデタチ、武者ぶりの観察からはじまって、又五郎が赤鬼の顔、ジリジリとすすむと、数馬がジタリジタリ油汗をしたたらせる、そういうことなのである。

六十二級の観戦記が同じことしか分らない。心眼の復讐などと大きなことを云いながら、又五郎がジリジリすすむ数馬がジタリジタリ油汗、それぐらいしか書けないので、心眼が泣くのである。しかし、いくら泣いたって、それしか書けない。

観戦屋の絶望。そんな風に言ってみるのも悪くはないが、私は絶望なんてことはしない。しかし、なんとなく、観戦屋がイヤになった。もうタクサンだゾと叫んだのである。

そこで今年は巷談屋を開業した。

よろず勝負ごとだけが人間の見物するものと限ったわけではないのである。暗黒街でもエロショオでも泥棒でも心中でも見物することができる。

第一、伊東のような田舎に閉じこもって、面会謝絶、風流三昧とはいかないが、なんとなく精神の善美結構などつくしたような閉舎にふけっていると、てんで世間がわからなくなる。