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しみんのせいかつとかがく

市民の生活と科学

宮本 百合子

「科学ペン」1940(昭和15)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,385 字 · 9 页

青空文庫

けれども、当時あの新聞をよんだ一般市民は、阿佐操縦士の妹きくえさんの言葉をどう受けとっただろう。きくえさんは、涙に頬を濡して、「無電がついていなかったんでしょうか。無電があったら、兄は決して事故を起すような人ではなかったんですのに」と記者に語ったのであった。「日航」が、真に、科学的にこの悲しい事故の責任をとるならば、この悲痛、切実なきくえさんの問に対して、全国民に答えるべきではなかったろうか。エンボイにはどんな無電設備があったか、遭難後の状況で、その設備の有無が認め得たか得なかったか。美辞麗句の哀悼の詞より、死者を瞑せしめるのは、偽りないその点への科学的な追究の態度であったろうと思う。

この感想を私は或る新聞の短文にかいたら、あの飛行機は台湾のなかだけ翔んでいるので云々と云ってかえして来た。これも妙だと思われる。私たちの科学上の低い低い常識でさえ、旅客機として翔ぶからには、人命に対する責任上台湾の中だからとて無電なしでいいとはうけがい難い。或は他の何かの理由で民間の機は無電のことについてふれてはいけないとでも云うのでもあろうか。

現在の複雑な内外の事情は、科学の日常的な応用面に様々の矛盾と混乱、低下と秘密とを生ぜしめていて、それは科学上の理由ではない他の政治、経済の諸事情によって支配されている。