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ていぎんじけんをろんず
帝銀事件を論ず
「中央公論 第六三年第三号」1948(昭和23)年3月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,227 字 · 15 页
片山前首相が、帝銀事件の犯人について、未曾有の兇悪犯であり、すべてに代えて逮捕せよ、などと警官を激励するのはオコの沙汰と申すべきで、これが警視総監の言ならば当然であるが、首相たるもの、その政策のいたらざるをまずもって三思すべきではないか。
もとより、戦後の窮乏荒廃であるから、誰が首相になっても、オイソレと埒のあくはずのものではないが、かかる兇悪犯といえども、罪は人間にあるのではなくて、物資の窮乏と現実の荒廃にあることぐらいは、常に当然認識がなくて、一国の首相などとは笑止千万と申さねばならぬ。犯罪あるたびに、わが政治のいたらざるを憂うるのが、まことの政治家であり、それぐらいの自覚もなしに一国の政治をとるなどとは言語道断と申さねばならぬ。
もとより、万人が聖人となった理想社会でなければ、犯罪のなくなる時はなく、万人ことごとく聖人となる時代など永遠に有りうるはずがないから、犯罪のつきる時はなかろう。
われわれ文学の徒は、人間をすべて罪の子と見、あらゆる人間が誰しも同じだけ罪の因子をもつものと見て、その個人に加わる条件に犯罪の必然性を認め、一キクの涙をそそぐ。