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ていぎんじけんをろんず
帝銀事件を論ず
「中央公論 第六三年第三号」1948(昭和23)年3月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,227 字 · 15 页
私は帝銀事件に戦野を思う。十六人がバタバタ倒れてゆく。一人冷然とそれを見ている犯人。私はどうしても悪鬼の姿を見ることはできない。私はそこに、戦野の匂いをかぎ、五月のうららかな陽ざしの下で屍人の帽子をポイと投げる無心な健康な原色的な風景を思いだす。
いったい、なにを憎んだらいいのだ。なにも憎む必要はないのだ。人の宿命の悲しさに思いいたれば、憎むべきなにものもあるはずはない。そしてそこから、おのずからまことの建設は行われてくるはずのものなのだ。
まず人間を自覚しよう。人間とはなにものであるか、謙虚に、誠実に、自分の心をふりかえる生活を、万人がもつ必要がある。帝銀事件などは、どうでもいい。三面記事、ビッグ・ニュース、それを面白がるだけで、たくさん。道義タイハイ、兇悪なる世相、などと、それは余計の邪魔物、あって益なく、百害あるだけのコケのお説法というものだ。
どこかの都立の産院だか、病院だかで、捨子公認所をつくったそうだが、こういう工夫をいろいろとやる方に頭を使うべきである。捨子なさる方は当院の玄関へソッとおいて逃げてください、会いたくなったら、いつでもいらっしゃい、丈夫に育てておきます、などというのは、まことに気がきいていてオツな話だ。