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ていぎんじけんをろんず

帝銀事件を論ず

坂口 安吾

「中央公論 第六三年第三号」1948(昭和23)年3月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,227 字 · 15 页

青空文庫

畑の持主の農夫じゃなくて、私より一足先に麦畑に避難していた戦闘帽の若い職工なのである。血迷っているのだ。麦は国民のイノチのもとであるかも知れぬが、その麦を大事にするのは国民のイノチが大事だからで、私自身はつまりその国民であり、そのイノチの難をさけて麦畑へ逃げこんでいる次第なのだが、この先生は、国民のイノチよりも麦のイノチを大事にしている錯倒にとんと気がつかず、血相変えて私の胸倉をつかんで、とっちめているのである。

かような智能の小児麻痺的錯倒から、終戦となり、民主主義。いきなり接木に健全な芽が生えてスクスク成長するはずのあるべきものじゃない。今日、すでに戦争は終ったという。しかし、どこに戦争があって、いつ戦争が終ったか、身をもってそれをハッキリ知るものは、絶海の孤島で砲煙の下から生き残ったわずかな兵隊ででもなければ、知りうるはずはない。誰も自主的に戦争をしていたわけではないのであるから、戦争というから戦争と思い、終戦というから終戦と思い、民主主義というから民主主義と思い、それだけのことで、それは要するに架空の観念であるにすぎず、われわれが実際に身をもって知り、また生活しているものは、四囲の現実だけだ。