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おびひろまで

帯広まで

林 芙美子

「文藝春秋」1936(昭和11)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,656 字 · 28 页

青空文庫

そのうち、街のなかの少しいゝ所へ越して、ヴァイオリンの教習所を開きたいんだがね。」こんな風じゃ仕方がないんだ、そうも小さい声で云った。「あなた、あなた!」と奥から九太を呼ぶ声がしたが、九太は知らん顔をしていた。十一時近くまで雨を待って話しこんでいたが、仲の悪い友達より始末の悪いひどい侘しさで、伊代は不作法に脚を九太の前に出して、光っている靴下を上へたくしあげて立ちあがった。

「帰る?」

「えゝ、もう遅いから……」

「明朝は何時だい?」

「さア、昼頃の汽車だと思うわ。宗谷線って、やりきれないわね、一つ一つ駅へ停って行くんだから……」

「俺みたいになっちまうさ」

九太は泥まみれの靴をはいて旅館近くまで伊代を送って来た。暗い小徑を何度か寄りそって歩いたが、伊代の気持ちの中には少しの動揺もなかった。それでいゝのだと思った。九太も、かえって伊代に逢えてさばさばしているのかも知れない、黙って歩いている。

「さて、これから、女郎買いにでも行きますかね」

本気ともつかず、冗談ともつかず、九太は一人でくっくっ笑いながら旅館の前からそう云って帰って行った。

その翌る朝、マネキン達は折角、遠い処まで来たのだから、然別の湖まで行ってみようと話しあっていた。