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おびひろまで
帯広まで
林 芙美子
「文藝春秋」1936(昭和11)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,656 字 · 28 页
九太は梯子段の上で黙って立っていた。九太の心のうちにも、伊代の泣声はひどくこたえて来た。花模様の浴衣はべっとりとしていたし、眼は、夫を失った此二三日を、何度となく泣いた腫れを見せて、他人が眺めても辛い景色である。だが、九太は、伊代を慰めるまでにはどうしても立ち還れなかった。何か一言云ってやれば気持ちも沈まっておんびんになりそうであったが、それも何だかひどく疲れきっていた。雷も雨も静まって、雨だれの音が聴えて来る。階下では何も彼も知っている神さんがこんこんと空咳をしていた。
「電話をかけてよこした処で、結局どうにもならないじゃないか。四拾円でお前を始末したとは思っちゃいないよ。あれも君には気の毒がっているし、その事で何時も云い合うのだが、結局、俺達の方が君よりも不幸なんだぜ。――自分から身を引くと云ったんじゃないか――大丈夫かい? と念を押しても大丈夫だと云うんだし、僕を許せないと云うんじゃ仕方がないじゃないかね。あの時はまだあやまちだったんだよ。どうにでもなったんだ。こうなったのも、僕も弱いんだが、弱いくせに強情を張って嘘を云う君の方がよっぽどいけないじゃないの」