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じょうしき
常識
豊島 与志雄
「改造」1934(昭和9)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,237 字 · 33 页
前にもあった話なので、気にもとめないでいたが、彼女は案外真剣だった。私が茶化せば茶化すほど、ますます彼女は真顔になって、遂にあなたの名前までもちだし、二人は結婚するのが当然だと説くのである。彼女はあなたのことをよく知っていた。私とあなたとの仲もよく知っていた。
「これまでに、そんなことお考えにならなかったというのは、不思議ですねえ。何か差し障りでもあるんですか。」
そうつきこまれてみると、私はへんに考えこんでしまった。結婚などということを、私は一度でも考えたことがあったか。断じてない。あなたの方でも恐らくそうだったろう。而も私は、二人の生活とか、農園経営とか、そんなことまで考えていた。結婚、そのことだけをどうして考えおとしたのか。而もそうした問題に、私たちの愛が絶望状態に陥ってからぶつかったのである。
理屈ではなく、私はその時なぜか腹がたった。私には結婚ということも考えるのが当然だったろう。とそう考えることが、私の感情を苛立たせた。私とあなたとの結婚、それは本能的に私を反撥させるものを持っていた。何故か。私には分らない。恐らく、私たちの愛は結婚とは相背馳するような種類のものだったかも知れない。