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じょうしき
常識
豊島 与志雄
「改造」1934(昭和9)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,237 字 · 33 页
その眼付を受止めておいて、私はまた歩きだした。僕はもう彼女とは無関係な立場だから、そんな話はやめにしよう。そして歩いてるうちに、彼の姿はいつか消えていた。まるで夢のように浮動した而も明確な情景だった。
あなたは平野のあの行為を狂言だというけれど、私はそうは思わない。彼のような男にあっては、狂言と真実とは殆んど間一髪の差にすぎなくて、偶然の機会がそれを支配する。彼は私と別れて、あなたに電話をかけた。あなたは丁度家にいた。彼は服薬してあなたのところへ飛びこんだ。そしてあなたの前で昏倒した。手当が早かったので助った。それだけのことである。もしあなたが不在だったら、彼は決して服薬などはしなかったろうし、もし往来で倒れていたら、彼は死んだかも知れない。
あなたが真先に岡部を電話で呼びよせたのは、賢明な策だった。夜遅く、迎えの自動車で私がかけつけた時には、岡部の配慮でもう万事かたずいていた。岡部と平野の兄と医者と、三人の間に事は秘密に保たれた。平野は翌日はもう回復して、三日目には病院から出た。その間あなたは、家の奥にひきこんで、人にも逢わないようにしていた。