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じょうしき
常識
豊島 与志雄
「改造」1934(昭和9)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,237 字 · 33 页
それだけが危険なのだ。多くの女に聞いてみるがいい。初恋の記憶はみな持っているが、初めての失恋の記憶は誰も持っていない。消極的な方面の感情は、すぐに消えて、失恋とまでは生長しないが、積極的な方面の感情は、ひとりでに生長して、恋愛にまでなってくる。ここの、みよちゃんにだって聞いてみれば分る。嫌らしいとか憎らしいとかいう気持は、すぐに消えてなくなるものだが、好きだという気持は、ただ大きくなってゆくばかりだ。次第に大きくなって、恋愛の像をくみたてる。少女は愛の彫刻家なのだ。島村さんは専門家だから御分りだろうが、何かの像を刻む時、その像がいつか或る瞬間に生き上るということはないだろう。初めの一鑿が既に生命の芽で、その芽が、鑿の一刻み一刻みにのびてゆく。少女は自分の心のうちに、好きだという鑿が一つおろされて、それからはもうむちゅうになって、愛の像を刻んでゆく。だから、その最初の一刻みの原因を与えることだけが、危険な問題であって、他のことはどうでもよい。ところが、大人になると、事情が全くちがってくる。積極的な方面ばかりでなく、消極的な方面までが……。
「岡部さん……。