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じょうしき
常識
豊島 与志雄
「改造」1934(昭和9)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,237 字 · 33 页
」
「岡部君ですか。二階にいます。呼びましょうか。」
彼女は笑顔でそれを打消して、瀬戸の火鉢に細い指先をかざした。凹んだ眼のあたりの他国人めいた風貌に丁度ふさわしい好奇な眼付で、お幾をじろじろ眺め、室の中を眺めまわした。それから坪井の方へ向きなおった。
「何かたべますか。」
「もうたくさん。それより、お酒をいただいてみようかしら……。」
お幾が酌をすると、彼女は器用に受けた。
そうして坪井と郁子とは、酒をのんだり煙草をふかしたりしながら、黙って向い合っていた。始終逢ってる仲で、何も話すことも聞くこともないというような、落付いた様子に見えた。そういう時、時間は何の支障もなくたっていく……。すると、ふいに、郁子は声を出して笑った。
「変ね……こしうしていると、まるで敵どうしのようじゃなくって。」
坪井は別なことを考えているようだった。
「出ましょうか。くるまも待たしてあるから……。」
「どこへ行くんです。」
「どこへでも……。」
坪井の顔に、冷かな微笑が浮んだ。
「あなたは岡部君に用があったんじゃないんですか。」
郁子はじっと坪井の顔を眺めた。眺めているうちに、眉がぴりっと動いた。