轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
ばくまついしんかいこだん
幕末維新懐古談
高村 光雲
79 その後の弟子の事
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,468 字 · 15 页
佐藤理三郎君も初めは私の門生、後美術学校入学。卒業後、香川県下の工芸学校の校長となった。
松原源蔵君(象雲と号す)は熊本県人。今日は熊本市本妙寺清正公の地内に彫刻をやっているとの事です。
平櫛田中君は人の知る如く日本美術院の同人である。大阪で修業をされ、中年に私の門下となった。朝雲君等と同じく手を取って教えた人ではない。出身地は備後であったかと思います。
山田泰雲君は元篆刻師の弟子であったが、芦野楠山先生の世話で師の許を得て私の門下となった。大分出来て来て、これからという処で病歿しました。
前島孝吉君は幼少の時から私宅へ参り、中年米国へ渡り、今日に至るまで、まだ帰って来ません。
明珍恒男君は深川森下の生まれ、初めは私の弟子で、後美術学校入学、卒業後、古社寺保存会の新納忠之介氏の助手として奈良に行き、古彫刻修繕の方を専らやっている。
毛利教武君は浅草小島町の生まれで、私の門下となって美術学校に入り、卒業後研究を続けられている。
薬師寺行雲君は本所茅場町の松薪問屋の息で、家が資産家であるから、いろいろなことを研究し盆栽、小鳥、尺八、書画のことなどいずれも多芸であるが、最後に彫刻をやろうという決心で、私の門下となった。