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ねんがじょう
年賀状
寺田 寅彦
「東京朝日新聞」1929(昭和4)年1月1日、3日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,248 字 · 7 页
また同じ人の名が色々な住所と結合してぱらぱらに散在しているので、どれが現住所であるか、当人でさえ時々間違えることがありそうである。年賀はがきを大切にしまっておくのももっともな訳である。ただし市会議員のよこしたのだけは紙くずかごに入れるようである。また自分の住所をかかないでよこすのはこの目的を達しないといってこぼしている。ずいぶん勝手なことをいうのである。
そうかと思うとまた彼はこういう気焔を吐く事もある。「ある僕の全く知らない人の年々に受取る年賀はがきの束を僕に貸してよこせば、それを詳しく調べた上で、その人の年恰好、顔形、歩き振り、衣服、食物の好みなどを当てて見せる」という。しかしそれくらいの事が自慢になるようであったら世の中に易者や探偵という商売は存在しない訳であり、奥歯一本の化石から前世界の人間や動物の全身も描きだすような学者はあり得ない訳である。
色々と六かしい、しかもたいていはエゴイスティックな理窟を並べてはいるようであるが、結局は、当り前分り切った年賀状の効能を五十の坂を越えてから始めてやっと気のつくようになったのであるらしい。いったいこれに限らず彼の考える事、する事はたいがい人よりちょうど一時代だけ後れているようである。